城のショボい版?陣屋
この連載の7回目で御殿の話をしたとき、柏原(かいばら)陣屋や伊豆木(いずき)陣屋を紹介しました。「えっ? 陣屋って何?」と思った方も、いるかもしれませんね。
陣屋(じんや)とは、江戸時代に1万石~3万石くらいの、小さな大名が住んだ屋敷のことです。石高が小さいと家臣も少ないし、財政にもゆとりがありません。立派な城を構えることができないので、簡単な屋敷構えで済ませたものが陣屋です。また、大名が飛び地を治めるために構えた代官所なども、陣屋と呼ばれる場合があります。
要するに、陣屋とは「城のショボい版」なので、はっきりいって地味です。名城として数えられることも、まずありません。でも、実際に歩いてみると石垣や堀、御殿や門などが残っていて「来てみてよかった」と思えることも、けっこうあります。
それに、名城とはちがう、つつましやかで静かなたたずまいの中を歩くのも、よいものです。小さな領地を懸命に守って生き延びようとした、小藩のたくましさといじましさ、みたいなものが伝わってくる気がします。そう、名城に数えられない城には、名城めぐりとはちがう面白さ、楽しさがあるのです。
戦国時代の土の城でも、そうです。名城には数えられることがないような、小さな城、造りの単純な城は、全国いたる所にあります。いつ、誰が築いたのかわからない城も、たくさんあります。いってしまえば、ショボい城です。
でも、そのショボい城を必要とした人がいたのです。僕は、小さな城の、小さな堀を見つけたとき、
「築いた人には、この小さな堀が必要だったんだ。切羽詰まっていたんだろうな」
と思って、切なくなることがあります。名城歩きでは決して味わうことのできない、戦国を実感できる瞬間です。歴史に名は残っていなくても、必死で築いて、命がけでしがみついていた誰かが、間近いなくそこにいたのです。
すべての城は個性的!
それに、どんな地味な城でも、立地や造りの工夫が、他と全く同じということはありません。どんな城にも築かなくてはならなかった事情があって、築いた人たちの必死さが込められている。だから、すべての城は個性的。僕は、無限の個性こそ、城の本当の面白さだと思っています。
なので、名城と呼ばれる城、ネット上でスゴイと評判の城だけを漁るように歩いていても、城の本当の姿は見えてきません。評判なものだけを眺めてランキングをしていたのでは、城の個性にも、城を築いた人たちの必死さにも、目が向かないからです。
いえ、別に名城めぐりがよくない、といっているわけではないですよ。名城には、多くの人を「おおっ!」と思わせる、最大公約数的なすばらしさがあります。名城めぐりにはスタンプラリー的な楽しさだって、ありますよね。どんどんめぐりましょう。
城と人の個性が出会う、無限の楽しみ
でも、名城の近くにある地味な城にも、目を向けてみませんか。地元の小さな城にも、足を運んでみませんか。そして、あの城の方がスゴイとか、この城はショボいとか、比べるのをやめてみましょう。
この城には、これを築かなければならなかった切実な事情があって、しがみついていた人がいたんだ … そう思いながら、歩いてみてはいかがでしょう。日本全国には何万という城があって、一つ一つに個性があって、見る方の一人一人にも個性があるのですから。両方が出会って、無限の楽しみが生まれるのだとしたら、何とすてきなことでしょう。
あなたも、あなただけの城歩きを見つけてみませんか?
(写真・文/西股総生)